夕映えが校庭の鉄棒を錆びた刃物のように染めておりました。
全校生徒を合わせても40人に満たない私の小学校では,放課後のチャイムが鳴ると,校舎はぐっと静まり返ります。窓硝子の向こうに広がるのは,稲刈りを終えた田と,少しばかり早い秋の匂い――その寂れた景色が,子どもたちの口から出る怪談をことさらに真実めかせておりました。
「なぁなぁ,ハンカチ落としせぇへん。ちょうどみんなおるし」
そう言ったのは,いつだって輪の中心に立つMちゃんです。彼女の声には不思議と逆らいがたさがあり,私を含め皆が半歩遅れてうなずきました。
時計を見ると,針は四時すこし前。女子たちが囁く「四時四分にやると幽霊が出る」という噂が,胸の裏側で小さく軋みました。
多目的ルームは,木の床にまだ昼の温みが残っておりました。私たち十三人は円を描き,鬼決めを済ませると,何度か交代ののち,Mちゃんが鬼に落ち着きます。
目を伏せると,夕陽がまぶたの裏で赤く揺れました。足音は布を引きずるように微かで,遠くで体育倉庫の扉が鳴る音さえ聞き取れそうです。
そんな静寂のなか,「トン」と軽い衝撃が右手を叩きました。
ゆっくりと瞼を開け,立ち上がり――そこで呼吸が止まりました。
立ち上がっていたのは,私だけでなく,円を囲む全員。
掌には,ハンカチ。
追いかけるべき鬼の姿はありません。互いに顔を見やる時間が,永遠のようにも思えました。
「やったらあかんかったんやないん」
誰かの掠れ声が床を這い,別の子が鼻をすする音が続きます。
次の瞬間,二,三人が泣きながら廊下へ駈け出し,職員室に向けて靴音を乱打させました。
ほどなく先生が飛び込んできて事情聴取が始まりました。
明らかになったのは,Mちゃんとその協力者六人――計七人による悪戯です。
隊形をあらかじめ仕組んでおき,Mちゃんが鬼になった瞬間,一斉に隣の人の掌に隠し持ったハンカチを落とした,それだけの話でした。
先生は「友達を騙すような真似はいちばんアカン」と烈火のごとく叱り,ハンカチ落としを禁止に。互いに謝罪し合うよう命じられ,私たちは順に左隣に座っていた子にハンカチを返していきました。
「――なんであたしの無いん」
放課後の学級会が終わろうとしたところで,Mちゃんがぽつりと言いました。
Mちゃんだけ,ハンカチを手にしていません。
「ごめんやから返して」
Mちゃんは,涙を滲ませた目をさらに歪め,空の手を差し出しました。
先生はため息ひとつ,「誰の隣に座っていたか」を次々に聞いていきます。
すると,Mちゃんの右隣になるべきなのは,Oくんでした。
けれど,Oくんは首をふります。
「ぼくもハンカチ落としたもん」と。
十三人,七人の仕掛け人,計算上は余りなど出ないはず――ならば,Mちゃんの右隣に座っていたのは,いったい誰だったのでしょう。
職員室前,廊下の蛍光灯が安い唸りをあげ,私たちは顔面を蒼白に固めます。誰もがMちゃんの嘘であってほしいと願いましたが,彼女の取り乱しようは演技を許しませんでした。
重い足取りで多目的ルームへ戻ります。夕陽はほとんど沈み,ガラス窓は紫色の鏡のよう。
部屋の中央。
私たちが円を描いていた場所に,ひとつだけハンカチが落ちておりました。
角の合わさりが紙の刃のように鋭く,息ひとつ乱さず――ただ几帳面に折りたたまれた白が,ぽつりと。
