あたしは本を読むと,しばらくその本になる。
比喩ではない。いや比喩ではあるのだが,そう言い切りたいくらいにはそのまんまだ。昨夜読み終えた本の文体が翌朝の脳に住みつく。考えごとをするとき,独り言を呟くとき,果ては夢の中でさえ,あたしの内なる声は前の晩の作家のそれになっている。
読書好きなら覚えがあるだろう。ミステリを読んだ翌日はすれ違う人の挙動がいちいち気になるし,恋愛小説のあとはコンビニの店員の横顔に物語を見出す。あたしの場合はそれが声に出る。頭の中のモノローグだけに留まらず,実際に口をついて出る。喋っている最中に,あ,これはあたしの言葉じゃないな,と気づく。気づくのだが止まらない。
人よりちょっと強い。ちょっと,だった。五月までは。
* * *
最初に手に負えなくなったのは五月の月曜の朝で,前夜に読み終えた大正時代の短編のせいだった。
翌朝。教室に入った瞬間に脳が発火した。
窓から差す朝日を見て——あの光のなかには何か不吉なもの,えたいの知れない,歯の奥にこびりつくような重たさがあった。蛍光灯のスイッチを入れる音がやけに遠くから響き,机に触れた指先の温度が一つ一つ意味を帯びて,黄色いマーカーペンが目に入ったとき,あたしはその色のなかに沈んでいた。その黄色は鮮やかで——鮮やかで——
「日向」
隣の席の織部が声をかけてきた。文芸部の同期。黒縁眼鏡。前髪を一本ずつ梳かしたような几帳面な顔立ちで,感情が眉の角度にだけ出る。その眉がいま,わずかに上がっていた。
「朝から重いよ」
「え?」
「当てたげようか」
ドンピシャだった。今朝のあたしは,何を見ても感覚がべったりと貼りつく。机が冷たい,とかじゃなく,机の冷たさのなかに過去と寂しさと季節の色が全部入っている——みたいな語り口になる。
「ひとまず放っておいて」
「昼には戻る?」
「たぶん」
一限の体育に出た。跳び箱を跳んだ。着地の瞬間,なぜか果物屋の匂いがした。教室に戻ったら消えていた。
昼には戻った。いつもそうだった。五月までは。
* * *
一週間後。べつの本を読んだ。昭和初期の短い小説。一文が異常に長く,息継ぎという概念が存在しない。主語が始まってから句点に辿り着くまでの間に,修飾節が三つも四つも挟まる。読んでいるとこちらの肺の酸素まで削られる。一頁読むごとに深呼吸が要った。
翌日,一限の現代文に遅刻した。寝坊してバスに乗りそこねた。それだけ。
教室のドアを開ける。担任の小野寺先生と目が合った。小野寺先生は四十代の男性で,怒ると鼻の穴だけが広がる。いまも広がっている。
「日向。遅刻の理由は」
口が開いた。
「申し上げます,申し上げます,先生,あたしはもうすべてを申し上げたい,今朝あたしが何を思い何に苦しみどれほどの屈辱を味わったか,あの目覚ましが鳴ったとき,あたしの手は確かに伸びたのです,伸びたのですが届かず,届かぬままに二度三度と意識が沈み,気がつけばバスの尾灯が角を曲がるのが窓から見えて,あたしは立ち尽くし,膝が笑い,時計の針だけが進んでいくのを——」
「座りなさい」
「はい」
前の席の織部が振り返った。眉は水平。呆れの角度。
「教室ではやめて」
「やりたくてやってるわけじゃない」
嘘ではない。口が勝手に動く。前夜の本の声があたしの声帯を借りて喋っている。あたしはただの貸し会場で,会場には拒否権がない。
昼休みになって織部に「抜けた?」と訊かれた。確認してみると,抜けていた。弁当の卵焼きについて「うまい」としか思わなかった。自分の感想が三文字で済むことに安堵し,同時にちょっと寂しかった。
* * *
文芸部の部室は特別棟の二階にある。空き教室に本棚を八つ押し込んで十年目。窓際の棚は日焼けで背表紙が色褪せ,奥の棚はカビ臭い。パイプ椅子が五脚あるが座っているのはいつも三人で,残りの二脚にはバックナンバーの部誌が積んである。
部員はあたしと織部の二人。三人目の椅子にはいつも桃井が座っている。
桃井は帰宅部だ。入り浸っている理由を訊いたら「静かだし,快温だから?」。爪は常に何か塗ってあり,今日はラベンダー色。スカートの丈は校則の限界を攻めている。本を読んでいるところは見たことないが,しょっちゅう会話に混ざってくる。よく笑う子で,あたしたちもよくつられる。
その日のあたしは,前夜に読み終えた現代の男性作家の長編にやられていた。どの本でもどこかでパスタを茹でている人。あたしはこの人の本を五冊持っていて,五冊目を昨夜読み終えた。
「やれやれ」あたしは弁当の蓋を開けながら呟いた。自分で呟いておいて,あ,と思った。出てる。
桃井がスマートフォンから目を上げた。「それ何。やれやれって」
「いや——この卵焼きの黄色はね,何ていうか,六月の終わりの午後に窓から射す光がカーテンの裾を透かして畳の上に落ちる,あの四角い光の色に似ていて——」
「ひーちゃん。卵焼き見つめて黙ってたと思ったらすごい長いの来たね」
「ごめん」
「卵焼きは卵焼きだよ」
正論である。桃井の正論はいつもまっすぐで,修辞のかけらもない。ギャルと呼ばれるひとの言葉は,こんなにも短くて強い。
* * *
六月。悪化した。
問題は昼に抜けなくなったことだ。五月までは昼食の時分には消えていた。六月に入ってから,夕方まで残るようになった。残る時間が延びているということは,根を張り始めているということなのか。たら,と冷や汗が流れた。
数学の中間テスト。あたしの脳には前夜に読み終えた海外SFが駐留していた。絶体絶命を軽口で乗り切る語り口の,あの本。主人公が問題に直面するたびに「よし,状況を整理しよう」と言うのだ。どんなに深刻な場面でも。その陽気さに救われて読み進めた。
問題一。二次関数 y = -x² + 4x + 1 の最大値を求めよ。
あたしの手が勝手に動いた。
「よし。状況を整理しよう。手元の資源は鉛筆一本と消しゴム一個。時間制限は五十分。まずこの二次関数の正体を暴く。x²の係数が負——放物線は上に凸だ。朗報。頂点が最大値になる。平方完成。y = -(x-2)² + 5。最大値5。x = 2。問題解決。——あたしは生き延びた」
答えは合っている。たぶん。問題二以降も同じ調子で,「新たな危機。だが道はある」「この連立方程式を倒せばあたしの勝ちだ」と脳内が語るまま解き進めた結果,最後の記述問題でやらかした。
小野寺先生は答案を返すとき三秒ほどあたしの顔を見つめ,「計算は合ってるね」とだけ言った。配慮だったのだろう。配慮に感謝しつつ,あたしは自分の答案を見返して赤面した。それが去った後に読む自分の文章は,即席の黒歴史に違わない。
* * *
七月。感染は加速した。一冊読み終えると次に手が伸びる。伸びた先の本が脳に入る。入った文体が口から出る。出終わる前に次が入ってくる。あたしのベッドの横には積読の塔があり,塔は毎月育つ。読むスピードより買うスピードのほうが速い。それ自体はいつものことだったが,いつもと違ったのは,出ていく速度が入ってくる速度に追いつかなくなったことだ。
月曜。前夜に読み終えた若い女性作家の小説のせいで,あたしの喋り方が変わった。文が短い。ぶつ切り。句点で区切って叩きつける感じになる。
「弁当開ける。冷えてる。卵焼き。黄色い。食べる。うまい。以上」
桃井がぎょっとした。「ひーちゃん,なんかロボットみたい」
「ロボットじゃない。これが今日のあたしの」
「昨日のは?」
「昨日はもうちょっとぬるかった。一昨日はもっと長かった」
織部が「日替わり定食」と呟いた。言い得て妙だったが,日替わり定食は自分でメニューを選ばない。あたしも選んでいない。勝手に出てくる。
水曜。滋賀が舞台の小説を読んだ翌朝。語り口がやたらと断定的になった。宣言口調。
「あたしは今日,弁当を完食する」
「普通にすればいいでしょ」と織部。
「あたしは普通にするのではない。意志を持って完食する」
桃井がラベンダー色の爪を見つめながら「めんどくさい人だね今日のひーちゃん」と言った。
金曜。教科書にも載っている漢文調の短編を前夜に読み返した。詩人が虎になる話——の文体に引っ張られて,あたしの口調が急に格調高くなった。
「——してみれば,今日の空の青さには一抹の寂寥が漂い,あたしの胸中に去来する思いもまた——」
「テストで見たやつ~」桃井。
織部は何も言わなかったが,眼鏡の奥の目がほんの少し細くなった。
* * *
七月の第二週。たぶんいちばんひどかった日。
教室で文芸部の外の友達に昼ご飯の話をしていた。
「ていうかさ,今日の食堂のカレー——」
ここまでは普通だった。
「——あのカレーの匂いがさ,なんていうか,長い廊下の奥から漂ってきて,それは二十年前の夏の記憶に似た何かを含んでいて——いや違う。状況を整理しよう。食堂の座席数は推定八十,残り時間三十五分,カレーにありつく確率を最大化するには——申し上げます,あの匂いはあたしを裏切ったのです,行列の長さを,この目で見たときの——」
「日向ちゃん大丈夫?」
「は」
大丈夫ではなかった。三つの文体が同時に暴れている。パスタの人の比喩と海外SFの問題解決と告発調の息継ぎなし。混線している。どれがあたしの声なのかわからない。どれもあたしの声ではない。友達の顔が引いているのが見える。見えるのだが,口が止まらない。
友達は「疲れてるんじゃない?」と言った。優しさだ。理解ではなく優しさ。あたしは「ごめん,ちょっとぼけてた」と笑って誤魔化した。誤魔化しの笑いくらいは,まだ自分の声でできた。
その日の放課後。部室に駆け込んだ。
「やばい」
久しぶりに,借り物ではない声が出た。たぶん。たぶんというのは,もう自分でも見分けがつかなくなっていたからだ。
* * *
桃井がスマートフォンを伏せた。画面を下にして机に置く。この子なりの真剣さが滲んでいた。
「ひーちゃんってさ,喋るたびに本棚見せてるよね」
あたしは黙った。
「ひーちゃんと喋ってると,ひーちゃんの本棚の前に立ってる気持ちになるの。あ,今日はこんなの読んだんだって。先週はこれだったんだって」
本棚は人格だ。何をどの順で読んできたか。どの背表紙が手垢で光っているか。上の段に並べたものと下の段に追いやったもの。日記より正直な自画像であって,他人に見せるものではない。見せるとしても自分で選んで見せたい。ここは見て,ここは見ないで,と制御したい。
なのにあたしの口は,開くたびにそれを全部晒している。制御不能の展覧会。
「前はさ,一冊ぶんだったじゃん。今日のひーちゃんはこの作家,って。でもたしかに最近すごいよね。数が」
織部が本を閉じた。読んでいる本を閉じるのは,話がそれだけ重要だということだ。
「仮説がある。ミームっていって——自己複製したがる文化情報の最小単位。インターネットミームの語源みたいな言葉ね。ファッションとか,フレーズとか,もちろん文体もミームと言える。で,日向は本を読むと文体ミームをインストールする。ここまでは誰でもある。けど,問題なのはミームの異常な活性化。インストールされた文体が日向の中で『おれを外に出せ,複製しろ』と叫んでるんだ。日向は本への没入が深い。深いからインストールも深い。消えないうちに次が入ってくる」
「つまりあたしの頭の中で作家が全員わめいてるってこと?」
「わめいてるというか,増殖しようとしてる。ミームにとっての生存戦略は複製だから。本の中にいるだけじゃ複製できない。読んだ人間の口から外に出て,別の人間の耳に入って,初めて増える」
「あたしはミームの培養器ってこと?」
「言い方はともかく,構造的にはそう」
「出口がひとつしかないのに車がいっぱい入ってきて,みんな『おれを先に通せ』って怒鳴ってる,みたいな?ひーちゃんの口が出口で」
織部のミーム理論より桃井の渋滞のほうが実感に百倍近い。
「じゃあどうすれば」
「まず,入る車を止める――読書をやめるの。それから,詰まってる車を全部出す。喋るでも書くでも,出力する。全部出しきったら,日向の声が残る。たぶん」
「たぶん」
あたしは天井を仰いだ。蛍光灯が白い。白い——その白さのなかに何か不穏な——と言いかけた脳を押し戻した。まだいるのだ,大正の短編が。
読書をやめる。息を止めろと言われるのに近い。あたしは物心ついた頃から読んでいる。電車の中で,布団の中で,トイレの中で,弁当を食べながら。読まない一日を過ごした記憶がない。それをやめる。
でもこのままでは窒息する。自分の声が自分で聞こえないのは,息ができないのと同じだ。
「やる」
* * *
七月二十一日。夏休み初日。
積読の塔にバスタオルを被せた。目に入れば読む。読めば入る。だから見えなくする。バスタオル越しに背表紙の輪郭が見えて手が伸びかけたので,上に辞書を載せた。辞書は重い。重さで封をする。自分の意思で封じられないものを重力に任せた。
出力先を二つ用意した。部室の会話と,noteの日記。アカウント名は「渋滞日記」。桃井の比喩が気に入った。
初日。大正の短編を出した。
部室の窓を開けたとき入ってきた風について十五分語った。風の湿り気,校庭の土の匂い,蝉の声が空気を震わせる振幅——あらゆる感覚にべったりと意味が貼りつく語り口で,七月の風を十二月の散文みたいに喋った。織部は自分の本を読みながら聞いていた。桃井はイヤホンをしていたが,片耳は外していた。喋り終えたとき,汗が首筋を伝っていた。風はただの風に戻っていた。
二日目。告発調を出した。自動販売機のボタンの反応が遅いことについて,息継ぎなしで二十分。「申し上げます,あのボタンは二回押さないと反応しないのでありまして——」。桃井がイヤホンの片方を外して「はいはい」と頷いていた。二十分喋り終えたとき,あたしは椅子の上でぐったりしていた。息が切れていた。告発調は体力を使う。
四日目。パスタの人を出した。エアコンの温度設定について,やれやれから始まる長い比喩を連ねた。「この室温はね,八月の終わりの夕方に海沿いの道を歩いていて,ふと立ち止まって振り返ったときに頬に触れる風の温度に似ていて——」。桃井が「二十七度は暑いって言えばいいだけだよ」とくすくす笑いながら遮った。織部がリモコンを一度押し,じきに二十六度になった。
六日目。海外SFの声で宿題の進捗を分析した。「残りの宿題量を残り日数で割ると一日あたりの必要作業量は——致命的だ。だがあたしたちには科学がある」。織部が「科学じゃなくて根性でしょ」と言った。根性もなかった。
八日目。ぶつ切りの短文の声。部室のクーラーの音について。「鳴ってる。ずっと。低い音。あたしの鼓膜。振動する。止まらない。止めたい。止められない。ただ聞いてる」。桃井が「今日はロボットの日?」と訊いた。ロボットではない。むき出しの感情を短い文で叩きつけているつもりなのだが,文脈がないとロボットに聞こえるらしい。
十日目。宣言口調の声。「あたしは本日をもって夏休みの宿題の半分を完了させる」。桃井が「いーじゃん,あたしも完了させる」と乗ってきた。宣言したあと三時間机に向かったが,宿題は一割しか進まなかった。宣言と実行の間には海がある。
十四日目。京都が舞台の小説を前に読んだときの残響が出てきた。大学生の一人称が妙に大仰で,日常のすべてを壮大な冒険のように語る文体。「本日は実に由々しき事態であります! 冷蔵庫の麦茶が底をつき,われわれ文芸部は重大な岐路に立たされているのであります!」。桃井が「コンビニ行こっか」と立ち上がり,織部は「読んだことある」と特定していた。
十六日目。超短編の名手の声。あたしの語りが急に乾いて短くなった。「暑い。」「麦茶がない。」「買いに行った。」「帰ってきた。」「冷えていない。」「飲んだ。」「おわり。」。桃井が「今日のはわりと好き」と言った。落ちがあればもっとよかったのだが,落ちはなかった。
十八日目。コンビニが舞台の小説の声が出た。あたしの語り口がフラットになり,感情の色がすっと抜けた。「部室に入る。椅子に座る。弁当を開ける。食べる。これが正しい手順であり,この手順通りに動いているかぎり,あたしは部室という空間に適応した存在である」。桃井が「今日はちょっと怖い」と言った。怖がらせるつもりはないのだが,感情を排した語りは聞く側にとっては不気味らしい。あたし自身も,この声で喋っている間は感情がどこかに引っ込んでいた。感情がないのではなく,感情の置き場所がわからなくなる文体。
noteの日記は連日更新した。アクセス数は毎日三。あたしと織部と桃井。三という数字が並んでいるのを見るたびに,この三人だけの世界で出力を続けている奇妙さを思った。一度だけ四になった日があって,知らない誰かがあたしの渋滞を覗いていた。誰だろう。何を思っただろう。日替わりで語り口が変わる日記を読んで,何が起きているか理解できただろうか。
日を追うごとに,出力に必要な時間が短くなっていった。初日は十五分かかった大正の語りが,別の声では十分になり,五分になり,三分で済むようになった。声が薄くなっているのだ。出せば出すほど薄まる。インクが切れかけたペンのように,最初は濃かった線が次第にかすれていく。
二十日目。翻訳文学の声が残っていた。語り口が急に丁寧で控えめになった。「おそらく,あたしの記憶が正しければ——というのも,記憶というものは往々にして自分に都合のよい形に整えられてしまうものですが——今朝の天気は曇りだったように思います」。桃井が「なんか敬語なのにずっと言い訳してるみたいで面白いね」と笑った。言い訳ではない。ただ丁寧に迂回しているだけだ。でもこの声はかすれが早かった。五分で消えた。
二十二日目。関西弁混じりの勢いのある文体が出た。前に読んだ女性作家の声。「いやもうほんまにな,暑いねん今日! 暑い! それだけ! それだけやけど全力で暑い!」。桃井が「最近でいちばん元気じゃん」と笑った。元気というか,ただ暑いだけなのだが。この声も三分で消えた。最後に残ったのは「暑い」という一語で,それはもうあたし自身の声だった。
二十四日目。
部室で喋ろうとして——何も出なかった。
口を開いた。言葉が出ない。出ないのではなく,借りるべき声がもう残っていない。渋滞の車が全部出ていった。道路が空っぽ。あたしの口のなかがからっぽ。
「……あ」
あたしは自分の声を聞いた。
「……あ,」
小さくて,頼りない。何の特徴もない。文学的でもなければ,軽妙でもなければ,短くも長くもない。あたしがあたしのまま出す,ただの声。十七年間ずっとここにあったはずの声。数百冊の本に覆い隠されて聞こえなくなっていた声。
織部がこちらを見ていた。眉がほんのわずかに下がっている。見たことのない角度。たぶん安心。
桃井はスマートフォンを操作する指を止めて,あたしの顔をじっと見ていた。何か言いたそうだったが,言わなかった。その沈黙がありがたかった。
noteにこう書いた。
8月13日。暑い、最近でいちばん。冷えた麦茶が異様にうまかった。
これはショートショートの大家の真似ではない。あたしの日記。あたしの語彙。あたしの句点の打ち方。暑い,麦茶,うまかった。それだけ。それだけでいい。
アクセスは三。いつもの三。四にはならなかった。知らない誰かは,もう来ていないらしい。
* * *
八月の最終週。部室。
あたしは喋っていた。宿題の話。駅前のタピオカ屋が潰れた話。昨日の夕焼け。脈絡のない雑談。
比喩は使わなかった。使う必要がなかった。夕焼けはオレンジだった。オレンジだった,でいい。六月の午後の光にも二十年前の記憶にも似ていない。ただオレンジ。それを口にしたとき,言葉が体にぴったり合っていた。借りてきた服ではなく,自分のサイズの,くたびれたTシャツを着ているような感じ。
桃井がスマートフォンを膝に置いた。
「ひーちゃん,なんか普通になったね。いい意味で」
普通。あたしが一夏かけて辿り着いた場所の名前が,普通。借り物を全部返して手元に残ったもの。それを普通と呼ぶのなら,普通は悪くない。
織部が眼鏡を拭いていた。拭きながら,小さく頷いた。何に頷いたのかは訊かなかった。
* * *
九月。新学期。積読の塔からバスタオルを外した。辞書を降ろした。本を読み始めた。ゆっくり。一冊一週間。以前は一晩で一冊だったことを思えば,異常な減速だ。
読み終えた翌朝,多少は文体が混じる。混じるが昼には消える。織部いわく「免疫がついた」。出力を繰り返したことで,入ってきたミームを自分の声に変換するフィルターが育ったのだと。
あたしは頷いた。頷きながら,べつのことを考えていた。
noteの日記は渋滞解消の排水口だったはずだ。用が済んだら閉じればいい。
閉じられない。
毎朝開いている。通学の電車の中で開いている。昼休みに開いている。書く量が増えている。最初は三行だった日記が,十行になり,二十行になり,ある日気がつくとスクロールしないと全部読めない長さになっていた。
日記のはずなのに日記でないものが混ざる。あたしの一日を書いているうちに,いつの間にか,あたしではない誰かが歩き出す。存在しない商店街を曲がって,存在しない夕焼けの下で存在しない誰かと笑っている。その誰かは,あたしに似ているが,あたしではない。あたしより少しだけ勇敢で,あたしより少しだけ正直だ。
「それ,小説って言うんだよ」
noteを覗き込んだ織部が言った。
「違う。日記」
「架空の人物出しちゃだめでしょ」
「出ちゃったんだから仕方ないでしょ」
桃井がイヤホンを片方外した。
「ひーちゃん,なんか書いてるの?」
「書いてない。書いてないけど——」
言葉が詰まった。借り物の声ならすらすら出たのに。自分の声はこういうとき詰まる。
「——書きたい,かも」
小さな声だった。自分の声。借り物ではない,あたしの声。その声で言う「書きたい」は,どの作家の語り口で言う「書きたい」よりも心もとなくて,でもたしかにあたしの腹の底から出ていた。
桃井がにやっと笑った。
「いーじゃん」
数百人の声を飲み込んで全部吐き出して残ったこの声で何が書けるのか。わからない。語彙は狭いし比喩は下手だし——もういい。もういいのだ。狭くて下手なのがあたしだ。
でもあたしの体のどこかに,あの夏の記憶が残っている。告発調で二十分語ったときの,言葉が喉を通っていく感触。問題解決口調で数学を解いたときの,思考が文になる速さ。宣言口調で何かを言い切ったときの,胸の真ん中がかっと開く感じ。声は全部借り物だった。でも声を出すこと自体の手応えは——あたしの喉と舌と息で起きたことだった。あの手応えだけは返却していない。返却する気もない。
「ひーちゃんが小説書いたらさ」
桃井が爪を眺めながら言った。今日はネイルを塗っていない。珍しく素の爪。
「何」
「読んだ人のしゃべり方,ひーちゃんに似てきたりして」